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熊本県山鹿市平小城では、村おこしの一環として春・秋・冬に、平山温泉+体験ツアーを開催しています。どうぞ、お越し下さい。
平小城よかとこネット通信より No. 12
平成16年11月1日に発行された「平小城よかとこネット通信」を抜粋して掲載します。

各区の記事は、地元の方に取材した内容をもとに掲載しています。したがいまして、歴史関係書物とは多少違った見解や表現が出てくることが予想されます。しかしながら、地元での昔話や言い伝えという立場でそのまま掲載していますのでご了承下さい。

14 区  大 原


◆年間行事

1月…初寄り。朝7時に大人も子どもも、皆三野家のお堂に集まって新年の挨拶をして、御神酒をいただきます。

(平小城村第二代村長として、三野実親公は、明治25年~27年の間、村長をされていました。三野家の敷地内にはお堂さんが祀ってあり、今でも部落で守り続けています。)

1月…どんどや
4・8・10月…区役
年2回…老人会での公民館の草取り


◆史跡・名所
   
【絶滅危惧種 オニバス】 
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国内ではこれまで約300ヵ所の生育地が記録されていますが、生育地の埋め立てや水質悪化などによって各地で消滅し、現在も生育しているのは70ヵ所程度といわれています。

本県ではかつて熊本市、八代市、荒尾市などに生育していましたが、ほとんどの地域では最近の10年間以上生育が見られません。

現在、安定した生育地は山鹿市だけです。

【オブサン古墳・チブサン古墳】
      (国指定史跡)
     
大原公民館から、オブサン古墳まで徒歩5分、チブサン古墳まで10分で行けます。
 オブサン古墳からの望めは最高で、天気の良い日は遠く阿蘇山や俵山が望めます。20070109144417.jpg
また、山鹿灯篭祭の花火大会の時には、大勢の方が見物に利用されています。
  
【山鹿市立博物館】
      
 方保田東原遺跡と湯の口横穴群から出土した遺物を中心に、旧石器時代から近世までの資料を展示しています。屋外には、装飾古墳壁画の実物大復元模型がある「古墳の森」などがあり散策も楽しめます。予約をすればチブサン古墳などの案内もしてくれます。
      
【岩間間道】
     
岩間間道は、明治10年西南の役「山鹿口の戦い」では山鹿と南関を結ぶ重要道路であり、政薩両軍による激しい攻防戦が展開されていた。

ことに3月3日、4日南関にある政府軍本営を襲わんと総進撃を開始した薩軍とこれを迎え撃つ政府軍との戦いはこの間道最大の激戦だった。

地域の歩み  
    
14区は、元々は保柳11区で、昭和22年頃に今の14区になりました。
 昔、大原は、「平小城の北海道」といわれたぐらいの田舎で、電灯もなく、ランプ生活でしたが、ようやく昭和22年に電灯がつきました。

昭和24年には小群・川辺線、27年には大原・石村線が開通しました。

この道は、「だごひゃご出てつくらにゃ」(抱く子もはう子もみんな総出で作ろうじゃないか)といって、平小城じゅうの人たちに手伝ってもらって、人力のみで出来上がった道です。

 昭和44年には、平小城南校区の補場整備が整い、現在の大原区が誕生しました。


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2007.01.10 Wed 14:46:03 | 歴史・史跡| 0 track backs, 3 comments
コメント
この記事へのコメント
何回見ても更新されていません。更新してください。
2016.05.16 Mon 22:51:11 | URL | 北原完壽 #-[ 編集]
Re: タイトルなし
> タイトルが違う。「大原」であり、「小原」ではない。

御指摘有り難う御座います。
2010.02.11 Thu 19:02:11 | URL | ひらおぎ  #-[ 編集]
タイトルが違う。「大原」であり、「小原」ではない。
2010.02.11 Thu 18:46:27 | URL | #-[ 編集]
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